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ブッフロッフ城は、商業ルートを守るため13世紀半ばに小高い丘の上に建てられた。1,300年の創建記録が文書に残されているが、内部の城調査から10 年位早い時期から着工されたものと思われる。おそらく最も古い部分は、当初隔離されていた東側にある角柱の塔である。斜めのアングルに位置し、コーナーは進入路からはずれるように回っている。反対南側の長方形の土地は、宮殿の広々としたホールが巧妙な技で建てられている。もう一つの角柱の塔は宮殿の北西角に位置し、石垣で囲まれ東の塔につながっている。これらはバイエルン系オーストリア人ドナウ地域の史書に1250、60年代に建てられたものと記録されている。石造りのアーチのある独特のキッチンなどはロマネスク様式を取り入れている。
宮殿の角に位置する北西の角柱型の塔は、1270年ごろ建てられた。一階の玄関上部には城のチャペルの断片が残されている。宮殿から木造のギャラリーへとつながっていく。城全体はプシェミスル・オタカル2世つきの職人技術でフランスゴシックに影響をうけたものが少なくない。
15世紀に入ると、新たに建造物が加えられ、城の再建が進む。1546年に騎士の間(中央広間)、バンケットルームが加えられ、時計台の建設にいたってはルネサンス様式に適合される。この頃、ゴシック式チャペルは撤廃し、その機能は騎士の間の広々としたホールで引き継がれた。舞踏会用ホールも出来上がり、ルネサンスの終盤期、1602年には君主の結婚パーティが開かれた。1613年、廊下によって西の塔とホールがつながる。城の丘スロープにはワイセラーも出現している。
城の再建築は17世半ばまで続いた。そして装飾にも力をいれ、ゴシック様式の彫刻、絵画、調度品もヨーロッパ中から集められた。外国産ガラス、陶磁器などのコレクションも熱心にされた。とりわけ2つの部屋を要す図書室には、その蔵書数に劣らず幾数にも渡る人の手と歴史的エピソードが存在する。時代をかけた城であるため、かなりの蔵書のプロテスタント書は燃やされたり処分されたりもした。数々の史書やコレクションが残されているブッフロッフ城を研究する者は少なくない。1995年~1997年には再建が繰り返し行われたブッフロッフ城の保護活動が始められた。
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